昆布切り

言わずと知れた京都の「有次」。包丁をはじめとする調理道具の名店中の名店。

上の写真は、清左衛門が有次さんに特注で作ったもらった道具。「昆布切り」
私が尊敬する、有次の寺久保社長、武田店長との出会いのきっかけとなった記念すべき愛すべき清左衛門の宝物です。

可愛い寸胴有次製品とのおつきあいは、実は相当長きにわたり、全くの素人時代から。

料理上手で、とにかくいいモノが大好きで、ちょっとミーハーな母の台所用品にいつの頃からか「有次」の銘が刻まれた洒落た調理道具が増殖してきました。
さすが、ママお洒落〜、とこっそり眺めていた私は、東京で仕事、一人暮らしを始めるにあたって、同僚のデザイナーの親友が、何でもいいよお祝いするわ、との申し出に迷わず「有次の鍋とお玉」をリクエストしました。一人暮らしの私の料理の友であった思いっきり可愛い小さな寸胴とお玉は、いまも元気に活躍中です。(写真)

 

さて、一言ではいえない成り行きから、想像だにしていなかった「食」の道へ進むことになったミーハーかつ職人気質の母娘。
二人が選んだ調理道具は、一目散に「有次」でした。その頃は難波高島屋に有次の売場があって、親切な担当の方にどれほどお世話になったことか。特注でいろいろ作ってもらった記憶があります。

さて昆布切りの話。

清左衛門を始めた当時、いまから思えばどうってことのない仕事だったかもしれないけれど、教えてくれる親方はいないし、すべてを二人で自己流に作りはじめた私たちにとっては、何もかもがとっても大変でした。(もちろん楽しかったけど)

作業上、頭が痛かったのが昆布のカット。上等の肉厚の昆布を寸法どおりに切るために、酒をふって扱いやすくしてから、なんとまず目立てで筋を入れてからキッチンばさみでカットするという気の遠くなるような作業をしていました。製造量がうんと少ないときはともかく、少しずつ量が増えてくるとこれがホントに大変でした。

昆布を切る道具がどうしても欲しい!

私には、とにかく有次さんの京都の本店に行ってみようと言う考えしか浮かばなかった。

でも、奥さん然とした母と、どう見ても世間知らずの私、素人まるだしの二人が、プロフェッショナル御用達の有次でまともに話を聞いてもらえるとは到底思えなかった。箔を付けるために母の叔父(清左衛門の生みの親、おじちゃんは、どっからどう見ても風格があった。)に同行してもらいました。

あにはからんや。憧れの老舗は、よちよち歩きの私の説明を真っ正面からしっかりと受け止めてくれて、店長の武田さんは、明るい声でおっしゃいました。

「まず、そのような道具がいま、世の中にあるかどうか探します。なかったら、うちで作らせてもらいます。手作りで作れるものは何でも作ります。しばらくお時間ください。」

やったー!なんて素敵なお店なの!

私は瞬時に映画「ティファニーで朝食を」で、ティファニーのお店の人が、お菓子のオマケの指輪にネームを入れことを快諾するシーンを思い出しました。ヘプバーン扮するホリーの嬉しさがよくわかりました。

晴れ晴れとした気持ちで帰宅した私は、夢中で武田さんに思ったまんまをファンレターに書いて送りました。
な、な、なんとその手紙を武田さんはずっともっていて、この間いらした時みせてくださいました。少々気恥ずかしく思いながらも、初々しく必死だった創業当時の気持ちが「健気」で可愛かった。何より驚いたのは、武田さん、この手紙を見てから、久しぶりにご夫妻で「ティファニーで朝食を」を見に行かれたそうです。武田さんてこういう方なんです。

出来上がった昆布切りは、私の想像を遥かに超える、写真の通りの堂々とした素晴らしいものでした。宅急便で届くのかと思っていたら、神戸にいくついでがあるから、と店長自ら届けてくださいました。

穴子おさえ

この写真は、次に作って頂いた、穴子の炭焼きに使う「押さえ」

当時は、穴子の炭焼きは私の仕事で、一人で相当量の穴子を焼いていました。串をうって焼くのが普通ですが、私は串をうたずにフリーでふんわり綺麗に焼きたかった。だから、熱で穴子が反り返るのをそっと箸で押さえながら焼いていました。何とも説明のしようのない熟練の技ですね、だけど、これもたくさん焼こうとすると手が二つしかないからムリがでる。だから、手の代わりにふうわり押さえる重しが欲しい!重すぎるとかさかさになるし軽すぎると意味ないし‥。

そこで、考えました。いつもの穴子を焼いてる力で、デジタル秤の上皿を、箸で押さえて計量して、それと同じ重さのお洒落な重しを作ってもらおう!すわっ、有次へ。

このグラム数で、かたちは穴子っぽく、真鍮で有次の銘を入れてくださ〜い。かっこ良く作ってください!

出来上がった、押さえはこれまた何ともかっこ良く、清左衛門の看板商品を支え続けてくれています。手前の方は最初につくった方で実際に使ってみると少し重かったので穴をあけて調整してもらいました。

豆いりかご

これは、清左衛門の看板の一つやんちゃ煮の大豆を炭火で煎るための機械に取り付けたカゴです。
これも有次製。機械を設計してくれたエンジニアの指図書を、寺久保社長が改良して作り直してくださったものです。

豆入カゴ

設計ではなかった可動式の弁をつけてくださったことで、どれほど性能が向上したことか‥。
寺久保さんは、自ら工夫の達人なのです。

ゴボウきり

これも、寺久保社長が考えてくださった、ゴボウ切り用の道具。
それまでは、まな板に目盛を書いて、原始的な方法でゴボウを寸法に切っていました。このゴボウ切りが出来てから、劇的に正確に早くできるようになりました。清左衛門の功労者です。

寺久保社長には、ホントに目をかけていただいて涙がちょちょギレルほどです。

数え上げたらきりがないとは思いますが‥

たとえば、清左衛門は、一時期、わりと積極的に百貨店のグルメ催事に出店していました。
唯我独尊で、井の中の蛙にすぐなる性格なので戒めのため、素晴らしいお店が集まるところに出て行こうと努力していたのです。
でも、元来人見知りで接客が苦手の私には、百貨店の仕事は楽ではありませんでした。京都高島屋でくたくたで、ぽつねんと店番している時、寺久保社長自らひょっこりいらしてくださって「重兵衛さんのや」と鯖寿司を差し入れてくださいました。(私が鯖寿司に目がないこともお見通しなんだなあ‥)大店のご主人に来ていただいて恐縮しつつも、あんなに嬉しかったこともめったにないことです。いつの日か、私もあんな素敵なやさしいオトナになりたいな、と思ったものです。

3年前、電話注文のついでに、母が亡くなっとことをお伝えしたときも、「そら、力落としてる‥」ということで、即、遠路はるばる武田さんがお線香をあげに来てくださいました。お忙しい中、びっくりしました。二人三脚できた母が亡くなった後しばらくは、ただ機械仕掛けのように正確に働く私はいましたが、精神はほんとに「もぬけ」でした。でも有次さんの寺久保社長、武田店長の温かいお気遣いで少しだけ前向きになれたことを覚えています。

こんな素敵な有次の製品に囲まれて仕事をしている清左衛門の厨房はいつもとても楽しいです。

大鍋

現役の一番良く使う大鍋たち。「ちりめん」や「やんちゃ煮」など、鍋かえしをする商品はこれでないと出来ません。何年か前、注文したら、この大きいサイズは使わはるとこがないんでもう作ってないんや、という武田さん。そんなんあかんわ、清左衛門みたいに非力な女の子がやってる厨房は、このサイズでふつうの業務用の鍋やったら重くて使われへん。高くてもいいから軽くて丈夫な有次の鍋でないと困るんです。考え直してください、とわたし。そや、ほんまや。と武田さん。おかげさまで、かわらずいいお鍋を無理言って用意してもらっています。

二度目の人生の鍋

丈夫で長らく愛用している鍋も、だんだん疲れてきて第二の人生。焚き物には使わなくなってもゴボウをさらしたり、豆を戻したりありとあらゆる場面で活躍。清左衛門では、なかなか引退させてもらえない。

銅鍋

穴子、ゴボウ、山椒なんかはこの大きな銅鍋で‥。高価なお鍋だから何度も何度も修理に出して‥。(写真でも段のところの修理あとがくっきりですね。)いよいよくたびれてきたので目下新調中。

寸胴

「 紫花豆」や「とら豆」を炊くでっかい寸胴

蒸し器

びん詰めその他に大活躍の蒸し器。

豆用木蓋

これは、豆専用の木蓋。印を付けて下さいってお願いしたらこんなに可愛く‥。
すべてに愛情がこもっているのが、このお店のすごいところです。

有次と包丁

もちろん、包丁も有次。でも、恥ずかしながら、手入れの楽な素人向けの平常一品 がほとんどです。(この包丁ですら、手入れがなってないですね。目をつぶってください。)
包丁い〜ぽ〜ん、晒に巻〜いて〜の修行を積んでいない私は、まあ、いい包丁もっても多分宝の持ち腐れだし、手入れも大変だし‥。と、あえて興味を持たないようにしてきた包丁です。いまの商品を作る上で必要かつ十分な包丁であればいいかと‥。

でも、この「有次と包丁」を読んでしまうと、いけませんね。絶対いい包丁使って手入れして料理の腕を上げなきゃ、とはやくも包丁を買いたくなっている私。仕事の幅も奥行きも広げたいし、ここは一つ包丁修行をしてみようかな‥。

実は母が亡くなるちょうど1年ほど前、武田さんに無理をお願いして、清左衛門スタッフに包丁の研ぎの講習をしてもらったんです。だから、とりあえずみんな基本は出来るはずです。私自身はもっとずっと前に、武田さんから教えてもらっているし、一時期は相当頑張って(なかなか楽しいし)研いでいたこともあるんです。でも、結局は体力がないので、疲れた〜、包丁研いでられな〜い、有次さんお願いしま〜す!とまとめて研ぎに出してしまっているのです。

武田さんが研ぎの講習に来てくださった日、遠路、電車で来られたことをいいことに、真っ昼間から、武田さん、母、私でビールで楽しく乾杯しちゃいました(内緒ですよ‥)。ずいぶん長いおつきあいで初めてのことだったけど、その時お話した武田さん若かりし頃の有次の昔話やその他の四方山話はホントにわくわく楽しかった。

道具で何かあったとき、こんなに親切で頼りになる有次さんがいてくれるから、ほんとに安心して仕事ができます。
天国の母もさぞかし安心してるでしょう。

寺久保社長さま武田店長さま、有次の親切な皆々さま、いつも本当に有り難うございます!
清左衛門をはじめとするワガママな迷える職人達に、これからもどうぞいろんなことを教えてくださいませ。

そして、末永く宜しくお願い申し上げます!

 

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